921地震教育園区 921 Eearthquake Museum of Tiwan



所在:
台中県霧峰郷坑口村中正路46号

電話:04-2339-0906

開園時間:9:00~17:00(屋外は6:00~22:00)

料金:50元

休園日:月曜(祝日の場合は開園)

URL:http://www.921emt.edu.tw

アクセス:
台鉄台中駅から台中客運バス6100、6107、6871、6873で坑口バス停下車、徒歩15分

特徴:
 1999年9月21日の深夜1時47分、台湾中部の南投県集集鎮付近を震源とするM7.3(台湾中央気象局、Mw=7.6)の大地震が発生した。その後、人々の脳裏の中に深く刻み込まれることになる921大地震(921集集大地震、台湾中部大地震などとも呼ばれる)である。この地震による死者2415人、行方不明者29人、重軽傷者11305人、損失は3000億元に達した。台湾では100年来で最大の地震だった。
 この地震の震源地に近い台中県霧峰郷の光復國中(光復中学)は、校舎のほとんどが倒壊し、グラウンドには大きな段差が走り、壊滅的な被害を受けた。地震の発生が深夜で、生徒が学校にいなかったのは不幸中の幸いといえるかもしれない。鉄筋コンクリート製の近代的な校舎が、なぜこれほどの被害を受けたのか。実は光復國中は「車籠埔断層」と呼ばれる断層の真上に建てられていたのである。断層は学校のグラウンド、校舎、校門を縦断し、350mにわたって、最大2.5m隆起した。台湾政府は地震後、直ちに災害からの復興に取り組んだが、その過程で、光復國中の断層が動いた跡、倒壊した校舎、隆起したグラウンドなどをそのまま保存し、地震記念館を建設することになった。そして地震から8年後の2007年9月にオープンしたのが、「921地震教育園区」である。
 921地震教育園区では、921大地震の共通の記憶を保存し、地球科学や地震への知識を普及し、地震への防災意識を高め、国内外の地震研究の成果を展示するという4つのテーマを掲げ、運営は國立自然科学博物館が行っている。単なる被災建物の展示に止まらず、地震の教訓をしっかり受け止め、後世に引き継ぎ、将来の地震に備えるという、大きな意義を持つ展示施設である。同じ地震多発国に住む日本人にとっても、台湾旅行中に時間があったら、ぜひ立ち寄っていただきたい場所である。
 2011年3月11日の東日本大震災及びその後の東京電力福島第一原子力発電所のメルトダウン事故に際して、台湾からたくさんの義援金が寄せられたことは記憶に新しい。台湾に人々の厚意の背景には、921大地震に記憶がまだはっきり残っていたことは間違いない。われわれ日本人も、311東日本大震災と東電福島第一原発事故の記憶と教訓を、しっかりと歴史に刻まなければならない。

管理人のコメント:
 ここ921地震教育園区を訪問したのは、311東日本大震災からまだ半年もたっていない時期だった。その約10年前に起きた台湾の大地震を知る施設があると聞いて、ぜひ見に行きたいと思い、連れて行ってもらった。地震によって被災した中学校の校舎、グラウンドなど敷地を丸ごと展示館にするという大胆な発想。そして、地震による被害をできるだけ手を付けず、そのまま残すための修復技術。光復國中の崩壊した校舎や、かろうじて残った教室を見て歩きながら、いろいろなことを思った。
 広島の原爆ドームも思い浮かべた。だいぶ傷んできたと聞くが、技術を結集して後世に残してほしいと切に思う。建築技術の進化というと、新しい技術や空想未来ばかりが注目されもてはやされるが、こういうところに技術を発揮してほしいと思う。
 311東日本大震災の津波で被災した石巻の大川小学校。こちらでは児童74人、教職員10人が犠牲になった。犠牲者の出なかった光復國中と同列には語れないが、やはり被災校舎は震災遺構として保存していただきたいと思う。実物が語る教訓は、何ものにも代えがたい。責任を取るべき立場の人間が誰も責任を取らず、総括も教訓も残さないで水に流そうとする日本社会では、震災遺構の重みは非常に大きいと思う。 (訪問日2011年8月、2016年5月記)
    

 921地震教育園区正門へのアプローチにかかる歩道橋。地震発生時の震度計の針の動きが描かれている

車籠埔(チャーロンプー)断層保存館」は、柱や梁がないつり屋根構造で巨大な展示空間を作り出した施設。独特の構造をしたこの展示館は、国内外で数々の建築賞を獲得しているという

実物大の断層展示は迫力がある。921地震発生のメカニズムを示した展示なども多数ある

断層保存館の窓から隆起したグラウンドを見る

 断層位置を示した航空写真。上方の傾いた鉄塔も地震遺構として保存されている(地震斜塔紀念地)

 写真左は展示されていた写真。921大地震の震源地で大きく傾いた台鉄集集(ジージー)線集集駅の木造駅舎。日本統治時代から続く人気の駅舎だった。右は以前と同じように木造で再建された現在の集集駅

補強工事を行ったうえで公開されている、被害を受けた光復國中校舎

「毀損教室展示エリア」は、被災状況がそのままわかる方法で補強工事が行われていて、校舎の破損状況を目の当たりにすることができる。技術的な解説もあって、時間をかけてもう一度見学したい

地震で倒壊した校舎の展示エリア。3階建ての1階部分がつぶれて、2階建てのように見える。地震発生が真夜中で、教室に生徒がいなかったのは幸いとしかいいようがない

 一部は完全に潰れている。被災建築を保存して、教訓にする意味がよくわかる

地震当時のまま、ヤシの木だけは成長し、高さを増しているのかもしれない。921大地震以降、台湾国内の学校校舎の耐震補強や建て替えが急速に進んだという

隆起し波打つ校庭グラウンドのトラック。芝生とアンツーカーの美しいグラウンドだったに違いない

左に見えるのが断層保存館。工夫を凝らした保存と展示は、柱のないつり屋根構造を多用し、建築技術的にもすばらいいものがある

正面が展示館の入り口。郊外の学校だけあって、敷地が広い

 学校の周囲は農村地帯。遠くに九九峰という、ぎざぎざの山が見える。一部には地震による崩落の跡が残っている


    
921大地震Topに戻る
台湾島Topに戻る