馬太鞍牛車寮


所在:
花蓮県光復郷中山路一段82巷

アクセス:
台鉄東部幹線光復駅から徒歩15分、光復糖廠から徒歩5分

特徴:
 光復糖廠の近くにある大全社區(社區は集落の行政単位、自治会ほどのイメージ)は、かつて馬太鞍「牛車寮」と呼ばれていた。ここの集落内の「82巷」の一角が注目を集めている。この集落の邱金鳳阿媽(アーマー、おばちゃん)が、50年以上前の日本統治時代前後の暮らしを、村内の詩と壁画で再現したのである。
 当時の馬太鞍は、光復糖廠を中心に広大な甘蔗(サトウキビ)農場が広がっていた。工場に納めるサトウキビの生産に忙しく、村人たちはみんな牛車を持ち、サトウキビの運搬に従事し「牛車班」と呼ばれていた。最盛期には100を超える牛車が行き交っていたという。この時期の村人の暮らしが、素朴な壁画でいきいきと描かれている。
 邱金鳳アーマーは、当時66歳だった2009年から2年以上の月日を掛けて、82巷の路地裏の民家の塀や壁に、この壁画を完成させた。
 近隣のみどころ:花蓮観光糖廠(光復糖廠)欣緑農園

 台湾農村では、かつての暮らしを壁画で再現し、村の歴史や文化、習俗を伝承しようという運動が盛んなようだ。台湾では日本統治時代から1960年代ぐらいまでの暮らしが、古き良き時代の懐かしさとともに語られることが多い。それが、村の路地の壁や塀に、自ら筆をとって書き記そうという運動と結びついて、素朴な芸術文化として結実している。そこに書かれている暮らしは、高度経済成長期に入る前の日本の農村風景との共通点も多く、かく言う管理人の私も、これらの絵画を眺めていると、胸が熱くなるような懐かしさを覚える。
 その他の地域の彩繪巷(彩色小路):籃城社區(南投県埔里)
        

サトウキビの運搬は木材の切り出しに大活躍した水牛は、村の主役だった。周辺の山から2日掛けて木材を運んだという。はめ込まれた木雕にも村の暮らしが描かれている。この辺りは台湾原住民阿美族の居住地域だった

大八車のような荷車にサトウキビを積んで運んでいる。1960年ごろまでは、この様な光景が残っていたようだ

画には詩文が付けられている。「忘れがたき牛車班」。早朝4時には家を出てまだ日が昇る前にサトウキビ畑に着き、昼は冷たい飯をかき込み、夜家に戻る時は、老人や子どもは眠りについている

周辺には馬太鞍湿地があり、川漁も盛んだった。植物や動物もいきいきと描かれている

木雕に描かれているのは、水路に籠を沈めて魚を捕る伝統的漁法の様子。うなぎ漁のようだ

牛車寮を案内してくれたのは欣緑農園の朱オーナー。画は牛糞で堆肥を作っているところ

画が描かれているのは、民家や倉庫の壁だったり、塀だったりといろいろ。木彫に彫られている家々は、みんな草葺きのようだ

サトウキビの下で育った子どもたちも、今や70過ぎになってしまった。と当時の生活を振り返る。ビリヤードの背後は、村人の暮らしの中心にあった花蓮糖廠の精糖工場。ここの木雕には、滑走路上の戦闘機と格納庫らきし様子が描かれている

こんな風景の中で、建物の壁がキャンバスになっている

画の中でもたくさん描かれている牛小屋。ブロンズの水牛と大八車が置かれていた



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