蘭嶼 ①

所在:
台東県蘭嶼郷

アクセス:
台東空港から蘭嶼空港まで飛行機で25分(一日6便)
台東の富岡港から蘭嶼開元港まで船で4時間(不定期便。シーズンにより週1便~1日2便)

管理人のコメント:
 蘭嶼は、台湾の原住民族の中で唯一の漁労民族のタオ(達悟)族の島です。タオとは、彼ら自身の言葉で人(ヒト)という意味。ヤミ(雅美)族と呼ばれることもありますが、これは明治時代に日本人学者が付けた名前です。
 蘭嶼の「嶼」は島という意味で、かつては紅頭嶼と呼ばれていました。島の山が日に赤く染まるからだそうですが、民国になって胡蝶蘭がたくさんあることから、蘭の島、蘭嶼と変えたそうです。
 島は海岸線の環島道路の距離で約36.5km。バイクで1時間半ぐらいで周回してしまいます。人口は3000人。紅頭、漁人、椰油、朗島、東清、野銀の6つの部落(集落)があります。飛行場のあるのが漁人部落、私が泊まった民宿は島の反対側の野銀部落です。

 バイクで島を何回も周回していて、いちばん印象的だったのは、台湾本島や他の離島でたくさん見られる寺廟がまったくないことです。漢族の移民たちが持ち込んだ媽祖廟や孔子廟、関帝廟、仏教寺院、もちろん日本の神社の跡もありません。蘭嶼がタオ族の島と言われる理由がよくわかります。彼らの信仰の対象は漢族一般とは大きく違っていて、太陽だったりトビウオだったりと、自然そのものにあります。チヌリクラン(タタラ船)に必ず描かれる太陽の眼が象徴的でした。

 今回の旅は3月でしたが、トビウオ漁が盛んな夏にもう一度訪れてみたいです。

【目次】
台東空港から蘭嶼へ
海の玄関口、開元港
漁人部落
東清部落
朗島部落
椰油部落
野銀部落
巴拉冠民宿
開元小吃

以下、その2へ続く


台東空港から蘭嶼へ
 小型の飛行機で、乗客数は二十数人。バスよりも小さい。船便もあるがほとんどの観光客は飛行機を使うので、一日に入島する観光客の人数は知れたもの。このことが、蘭嶼を開発から遠ざけてくれているのだと思う。こんな小さな飛行機に乗るのは初めて

 飛び立つと眼下に台東市の郊外風景が広がる。ちょうど台鉄線路に、列車が走っていた。パノラマ模型を見ているみたい

雲の中を飛ぶこと30分。降下すると蘭嶼が見えてきた。島には平地がほとんどない。開元港を見ながら着陸態勢に入る

 蘭嶼空港を海岸線を埋め立てた小さな飛行場で、すぐに山が迫っている

無事着陸。双発のプロペラ機。何という機体だろうか? 

受託荷物は、手作業でトラックに積んで、ターミナルビルに横づけ。乗客はここから自分の荷物を運ぶ

 蘭嶼空港のターミナルビル

ターミナルビルは、蘭嶼の原住民族タウ族が使っている船の形をしていた

 
海の玄関口、開元港
蘭嶼の海の玄関口、開元港。小さな港だった

蘭嶼空港へ着陸態勢に入る、台東からの飛行機が見えた

 
漁人部落
飛行場のあるのが漁人部落だが、飛行場以外には何もないと言っていいかもしれない。道路脇の斜面で、共同で農作業をしていた。この段々畑は島の主要農産物のタロイモ(ミズイモ)の畑。水を引いて水田のようにしている

島には平地と言える部分はほとんどなく、耕地も斜面や海岸のわずかな土地に作られている

土地の管理とか所有の詳しいことはわからないが、作業は共同でやっていた

 手前に見えるのが涼台。島の至る所で見かけることになった。日差しの強い島で、休憩するのに必須かつ快適

 
 東清部落
 島の東側にある比較的大きな集落の東清部落。部落入口の川の堤防に、初めて見たときはびっくり、山羊の群れ

島の主要な家畜が山羊と豚。どちらも放し飼いで、当たり前の光景としてすぐになじんでしまうくらい、そこらじゅうで出会う

東清部落の目の前は小さな浜で、船溜まりになっている。傍らにトーテムポール。タウ族のシンボル、太陽とトビウオが描かれている

ここにもいました、山羊の群れ

東清部落前の船溜まりに、タオ族伝統のタタラ船が置かれていた。写真で見るのと同じ船。これが見たくて蘭嶼に来たようなものだから感激!タオ族は、この船を「チヌリクラン」と呼んでいる

船の模様は、家によって異なるらしいが、丸い太陽のシンボルが描かれているのは共通

タオ族の暮らしとトビウオは切っても切れない関係。私が行ったのは3月でまだ漁のシーズン前だったが、浜にはトビウオをさばいて干してあった

どうなっているのかよくわからないさばき方

蘭嶼の海には、チヌリクランがよく似合う。手前は艪が10本、10人乗りの大型船

  この10人乗りの大型船は、お祭りや儀式のときに使い、ふだんの漁には2、3人乗りの小型船を使う

 横から見ると大きさの違いがよくわかる。トーテムの左奥に集落が見える

 
朗島部落
島の北にある朗島部落の入り江。ここでは堤防に守られた浜に、チヌリクラン(タタラ船)があった。儀式用の大型船は美しく飾られていた

船首と船尾に取り付けられたモロンと呼ばれる羽飾り。この羽飾りのモチーフもいろいろなところで目についた

船のカラーリングは、すべて赤・黒・白の三色。艪を支えるくいのロープ飾りの黄色が映える

 集落の外れにあったみやげ物店「三條飛魚」。トビウオは漁業が中心の蘭嶼に欠かせない魚で、毎年トビウオ祭りも開かれる。三條飛魚は、3匹のトビウオの意味で、天候に恵まれ順調に漁ができて、朝昼晩三回の食事が不足なく食べられるようにとの願いが込められているという。伝統的なビーズの手作り作品や貝殻アクセサリーなどが中心

 チヌリクラン(タタラ船)にも描かれる眼のような太陽、羽飾り、波、トビウオ、島の蝶、小型のフクロウなどがモチーフに

左は種で作ったブレスレッド 

部落を外れた海岸沿いに作られたミズイモの畑。蘭嶼の典型的風景の一つ。ミズイモはタオ族の主食のタロイモの一種で、水田で栽培される

 
 椰油部落
 
 島の役場や開元港がある椰油部落。島唯一のガソリンスタンドやスーパーもある。そんな街中でも山羊の散歩。そして小さな食堂の前には涼台

 涼台は、日本の縁側みたいなもの?

珍しい林投のジュース屋さん。林投は、琉球ではアダン。タロイモアイスもあった

 一つ一つが外れるところは、釈迦頭みたい。そのまましゃぶるとひどく筋っぽい。海岸の鋭いとげのある葉の間になっているのを見ることはあるが、中にこんなに水分があるとは知らなかった

 店のわきに、反核の旗。蘭嶼には放射線廃棄物貯存場があり、核には敏感だ。

朗島部落でも集落の外の出ると、海岸沿いにミズイモの畑があった。どこの部落も集落の外側にミズイモ畑が作られている。水田で育てて、成長すると水を抜いて収穫するように思われるが、未確認

 上は小学校の校門、下は何かの工場の門。観光客はみんなバイクを借りて島めぐりの足にする

 
 野銀部落
山から見下ろした野銀部落。中央の入り江辺りが現在の集落の中心地。右側に見える黒い屋根の一群が伝統的地下屋集落

現在残っている伝統的地下屋は30棟に満たない数。かつてはこのような建物群がそれぞれの部落にあったというが、今ではここ、野銀部落に残るのみとなった

 野銀部落の地下屋も風前の灯。周辺部から現代建築が迫っている。泊まった民宿は、この写真の左側100mぐらいのところ

石垣で囲まれた敷地に、半地下の建物。海から吹きつける風を防ぐのが目的

屋根が地面と同じ高さになるまで、石垣が積まれている

大きな石が三つ。何のため?すべての家にあるわけではない

 集落は斜面に作られ、雨水は生活排水は、うまく流れるようになっているという

 家に入るには、急な石段を下りていく

 海を見下ろす斜面に、無秩序に建物が並んでいる。メインの道があるわけでもなく、石垣から石垣へと渡るように歩く

 ここでも涼台が大活躍。物干し台代わりにも使われているようだ

昼間涼台でのんびりしているのは、だいたいおばあちゃん

 屋根裏付きの、大きな涼台もあった。こうなると、東屋というよりも、ちょっとした住居に近い

 半分ぐらいの地下屋は、もう生活には使われていないようだった。若い人たちは家を建てて出て行って、お年寄りがのこっているような感じ

 地下屋集落群の一番下は島の周回道路。そこの個人宅なのか小さなレストランなのか、酒盛り中

 どこの集落もそうだが、野銀部落でも豚は放し飼い。昼間は彼らの天国で、闊歩している

 どの豚たちもきれいにしている。いろいろな模様があって、おもしろい

 砂を掘って、日向ぼっこ&お昼寝中

 周回道路には小さなバスが走っていて、バス停もある。しかし島の人の足は、観光客も含めてバイクなので、バスを使う人はほとんどいないから、本数も少ない

 ニワトリも放し飼い。朝を告げる雄鶏

生活の中心は、新築の近代的住居に移っている。軒下に置かれていたチヌリクラン(タタラ船)。漁期になったら浜に出すのだろうか

 飛行場に飾られていた80年近く前の野銀部落の写真。撮影者は日本人の研究者。写真で見ると、屋根は草葺きだ

 
 巴拉冠民宿
泊まった民宿。名前は「巴拉冠民宿」。野銀部落にあり、伝統的地下屋群まで5分ぐらいのところ。島の唯一の横断道路が野銀部落と紅頭部落を結んでいるが、右の坂道を上ってひと山越えると紅頭部落

どこかマカロニウエスタンに出てくるメキシコ風の屋敷のような、小さな砦のような、ひどく無国籍な雰囲気のデザイン。決して蘭嶼風ということではないと思う

ここでも主役は豚たち。民宿の中庭で飼われていて、親子連れだって散歩している

ウリボウたちが、ともかくカワイイ

 この民宿、動物好きにはたまらなくうれしいけど、苦手な人には逆の意味でたまらないかも…

客室。シンプルながら、必要なものは全部そろっている

室内装飾もシンプル。タオ族伝統柄のテキスタイルはなかなかよくて、欲しいくらいだった

壁には一面、蘭嶼の海のイラスト。ところで島の民宿では食事はなかった。予約時点では夕食を作ってくれることになっていたのだが…野銀部落には、営業している食堂はなかった…シーズンオフゆえか…唯一の何でも屋で、カップ麺と炸弾パンでしのいだ

これが炸弾麺包。島内のいろいろなところで売っている。蘭嶼名物?

 
開元小吃
小さな島で、食べるところが数えるほどしかなかった。やっと見つけたのかこの食堂。昼間通った時に夜の予約を入れて、バイクを走らせて食べに来る

 
 龍蝦(ロンシャー)。島で食べたいちばん豪華な食材

 貝の炒め物。龍螺という名前の巻貝らしい。たぶん大きな巻貝なんだと思う

 ウツボみたいなぶっとい魚。インガーイー(魚)と呼んでいたようだが、字はわからない。身は蒸し物に。白身でQQ(弾力がある)の食感。スープに浮いているのは破布子という木の実で、蒸し煮のときなどによく使う。台湾の南のほうに多い

 魚のあらの部分は湯(スープ)に。骨が手ごわい

 青菜炒めは、過貓(グオマオ)。猫も通り過ぎるというから、さしずめネコマタギ?これは本島でもよく見かける食材

 主食はミズイモ(タロイモ)。むっちりしていておいしい

以下、その2へ続く


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