吉貝耍西拉雅文化村

所在:
台南市東山区東河里

参観自由

アクセス:
台鉄新営駅からタクシー5分

特徴:
 西拉雅(シラヤ、Siraya)とは、台湾原住民族の一つ、西拉雅族のことで、平埔族と呼ばれる海岸沿いに住んでいた原住民族の中でも最大、最強といわれたこともあったそうです。大陸から漢民族が入ってくると、東海岸に追われたり、漢民族との同化(漢化)が進んだりして、西拉雅族は消滅寸前となりました。しかし、漢化が進む中でも民族の伝統や風俗、信仰が残っていて、近年の台湾原住民族のアイデンティティを確立する運動の中で、2005年に原住民族としての認定を得ることとなりました。

 吉貝耍(ka-bua-sua)というのは台南東山の地で西拉雅族が住んでいた土地の名前で、中国語では木綿花(モクメンカ、ワタノキ。オレンジ色の花をつけ、街路樹などによく見る樹木)のことだそうです。

管理人のコメント:
 吉貝耍西拉雅文化村を訪れたのは2011年9月だった。嘉義から下って台南に入ってすぐのあたり。近くの關子嶺温泉や東山咖啡街道を見て、台南の仙湖農場に泊まり、その翌日に案内してもらった。台南市(かつての台南県が市に昇格し、豪快や山の中も含めて台南市となった)の東の山裾一帯が西拉雅国家風景区に指定され、字面だけは目にしていたが、西拉雅(シラヤ)が原住民族の名前ということはこのときに知った。

 案内してくれた現地の先生は、西拉雅族が漢族と同化し、民族としてのアイデンティティーを見失いかけていた時に、民族の認知をために活動し、国会などにも働きかけて、2005年に原住民族の一つとして認めさせた活動家でもあった。
    

国道沿いに立っている、吉貝耍西拉雅文化村の案内看板

この辺りは、嘉南平野の一部で、豊かな農村地帯だ。立派な用水路が張り巡らされているが、これは日本統治時代に日本人土木技師八田与一の指導の下に作った烏山頭ダムを水源とするもので、嘉南大圳と呼ばれる水路である。八田与一は、ダムや水路を作り、農業技術をも指導し、当時の台湾人からも慕われていたという。嘉南大圳と八田与一は、映画「KANO」にも登場する

火龍果(フオロングオ、ドラゴンフルーツ)の畑

農村を歩きながら案内してもらうと、祭祀を行う小さな建物が見えてきた

建物の中には、動物の頭蓋骨と木の枝を刺した花瓶のようなものが置かれている

どのような祭祀を行うのか説明してくれたが、私の中国語能力ではほとんで理解できず、申し訳ないことをした

竹をそのまま使った雨樋のようなものと、緑の枝を挿した壺。西拉雅族にとっては水が神聖なものだという
 こちらは、集会広場のような場所に立つ「大公界」と呼ばれる建物。今でこそ漢化して瓦屋根の立派な建物だが、かつては茅葺だったという

こちらにも、動物の頭蓋骨と緑の枝を挿した壺が置かれている

壺にはいろいろなものが使われていて特に定めはないようだ。問題は中に入っている水で、西拉雅族にとってはこの水が信仰の対象になるという。頭蓋骨は、イノシシらしい

壺の前にあるのは、檳榔(ビンロウ)のようだ

壺の中の水は西拉雅族にとって祖霊神を意味する神聖な存在だという

 大公界は3つの間に分かれていた。どのような祭祀が営まれているのが、想像もつかない。高山族の豊稔祭りなどは時折映像で見たり、原住民部落などで歌や踊りも見る機会があるが、平埔族の文化習俗はほとんど目にする機会がない

漢族と同化せず、山岳地帯で居住する台湾原住民を高山族というのに対して、平地部に住み漢族と同化していった原住民を平埔族という。平埔族にとって自らのアイデンティティーを認めさせるには、大変な努力が必要だった。彼らを民族として認めさせるための活動(正名運動)の様子を展示するパネル

あぜ道の脇の壁に嵌め込まれたタイルには、子供たちが描いた西拉雅族の風俗習慣が描かれていた

たった今見た大公界の様子を描いたタイル。頭蓋骨の主が豚(実際はイノシシ)であることがこれでわかった

    


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